【フォーカス】悲劇なぜ 山形・仙人沢転落死検証

8月5日7時56分配信 産経新聞

 ■難度高い登山道/県、6歳児想定外/子供守る決め事必要

 楽しいはずの子供会のハイキングが一瞬にして悲劇に変わった。山形県上山市蔵王の仙人沢で7月12日、保育園児の前田大輝君=当時(6)=と、引率者で子供会会長の木村芳弘さん=同(54)=が転落死した事故。現場の登山道は関係者が「子供には勧められない」と口をそろえる難易度の高いコースだった。全国的にも雪山での遭難死亡事故が相次ぐ今夏。同じ登山道を歩き、夏山に潜む危険を改めて検証した。(伊藤真呂武、吉原知也)

 事故から1週間後の7月19日。登山道入り口に車を止め、ウオーキングシューズにショルダーバッグを背負い、傘を手に出発した。事故当日は小雨模様だったというが、この日は横なぐりの雨が降り、強い風が吹く最悪の気象条件だった。

 現場までは大人の足で約20分。草木が生い茂り、ジグザグに下る山道が続いた。一人分がやっとの道幅で、雨で足場がぬかるむ。バランスを取るのに苦労し、途中、足を滑らせ尻もちをついてしまった。

 《この先急傾斜 転落注意! 山形県》

 谷間に掛けられた仙人橋を渡り終えると、すぐに看板が目に飛び込んできた。汚れがなく、事故後に設置されたことがわかる。ここが大輝君と木村さんが転落した現場なのだろう。花束がひそやかに手向けられていた。さく越しに下をのぞき込むと、想像以上の高さに足がすくんだ。

 大輝君が足を滑らせたとみられる階段は明らかに急傾斜だった。大きな石を敷き詰め、歩きやすいよう工夫されていたが、足をしっかり上げないと足場を確保できないほど段差があり、一気に疲労がたまった。

 「子供には難しい。かなりの恐怖感を覚える子もいるだろう」。これが率直な感想だった。

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 上山署などによると、子供会一行は午前10時10分ごろに登山道入り口をスタートし、保護者の間に子供を挟むように歩いていたという。ただ、グループごとにペースがかなり異なり、徐々にばらけた状態になったようだ。

 仙人橋を渡ったところで、続く登山道が子供にはきつい傾斜だと気付いたが、先行していた大輝君を含む子供数人がすでに上り始めていた。保護者らが「危ないよ」と声を掛けて引き返させたが、大輝君が戻る途中に足を踏み外してしまったという。

 「仙人橋には初めて行った。どのような場所なのか、まったく把握していなかった。足はぬかるんでいて、滑ったことは確か。危険な場所であれば初めから行かなかった」

 ハイキングに子供を連れて参加した女性はこう打ち明けた。現場に危険を知らせるような看板などはなかったという。

 別の参加者の家族は「仙人橋に着いたところで、怖がって渡らなかった子供もいた」。現場近くのペンション経営の男性は「橋までは子供も行くが、その先は通常引き返す。あそこはハイキングコースではなく、登山道」と強調した。

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 仙人沢に行くことを提案したのは木村さんだというが、事前の情報収集や準備は十分だったのか。今回の登山道には、橋に向かわず、途中から迂回(うかい)する遊歩道が設置されているという。

 「現場は中級者以上向けの険しい登山道で、県警などが冬の遭難訓練などを実施するような場所。6歳児が登ることは想定していなかった」

 こう説明するのは、県自然課の担当者。事故を受けて、県内のおもな登山ルートを再点検し、観光パンフレットなどに危険個所の情報を盛り込んでもらうよう要請していくという。

 東北山岳ガイド協会の近藤明事務局長は「引率者はまず、登山道と遊歩道の違いを認識していなければいけない。登山道は自分の身を自分で守れる人が入る道。今年のように雨が多いと、思わぬところで滑って事故につながる」と指摘し、子供連れの場合の注意点をこう呼びかけた。

 「子供だけが前に行ってしまい、大人が後から付いていくケースはたびたび見られる。一番弱い子供を誰が守るのか。父母は安全管理のプロではないのだから、手を離さないなどの一定の決まりごとが必要だ」

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 ■仙人沢の転落事故 7月12日午前10時半ごろ、山形県上山市蔵王の仙人沢でハイキングをしていた同市北町子供会のメンバーで、幼稚園児の前田大輝君が足を踏み外して約50メートル下の谷間に落下し、死亡。大輝君を救助するため、斜面を下りようとした子供会会長の木村芳弘さんも滑落死した。上山署によると、ハイキングには保育園児や小中学生17人と保護者ら12人の計29人が参加。大輝君は母と姉と一緒だった。転落した場所には転落防止用のさくやロープはなかったという。

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