高島市(滋賀) 水田 再び魚の楽園に

「なれずしの起源は水田稲作と関係がある」と民族学者の石毛直道さんは語る。東南アジアでは雨期に川の水が田へとあふれる。「水が引く際に大量に捕れる魚の保存法として、なれずし作りが始まった」という。

 琵琶湖周辺でも、かつて似たことが起きていた。「昔は春先にコイやフナが産卵のため田んぼに上ってきていたんです」。針江地区の農家、石津文雄さん(61)はいう。餌となるプランクトンが豊富で外敵が少ない水田は、稚魚が育つには最適の環境だ。だが1960年代後半から、農業機械を使えるよう水田をかさ上げし、「水路との間の落差が大きくなって、遡上(そじょう)できなくなった」。

 ふなずしの材料になるニゴロブナが減った原因としては、外来魚のブラックバスやブルーギルによる食害が有名だ。水田の乾田化や、湖岸のヨシ原が埋め立てられたことで、産卵場所が減ったことも大きい。その結果、琵琶湖のフナ類漁獲量は65年の1104トンから、2007年には95トンにまで激減した。

 魚が産卵できる水田を取り戻そうと、県は06年度から「魚のゆりかご水田プロジェクト」を本格的に始めた。石津さんも参加農家の一人。水路に板をはめてせき止め、水位を10センチずつ上げて田んぼの高さまで階段状につなぎ、魚が遡上できる魚道を造る取り組みだ。

 農薬の使用も控えめにする。石津さんが耕作する14・5ヘクタールの水田のうち、9ヘクタールは完全無農薬。ドジョウにサンショウウオ、ナマズ、カエル……。石津さんの田んぼは様々な生き物のすみかとなっている。

 「ニゴロブナをたくさん増やして、ふなずしを安く食べたいという下心もあるんです」と笑う石津さん。父親が漁師で、ふなずしは身近な食べ物だった。「子供の頃はにおいをかぐのも嫌やったけど、50代後半になってから無性に食べたくなって……」

 県はニゴロブナ稚魚の放流や、外来魚の駆除も同時に行っている。効果は少しずつだが見え始めてきた。

 石津さんの案内で針江地区を歩いた。集落を流れる川には、青々とした藻が髪の毛のようになびいている。手を浸すときりりと冷たい。

 民家の庭先にある小屋をのぞくと、パイプから地下水がわき出して、床のいけすへとあふれ出ている。「かばた(川端)」と呼ばれる水場だ。集落の約110戸に同じものがある。

 いけすの中には大きなコイが数匹、悠々と泳いでいる。自宅のいけす前で野菜を刻んでいた三宅嘉子さん(76)は「かわいいもんや。カレーを食べた後の鍋を入れると、全部ねぶってくれるんや」と笑う。まな板を水で流すと、コイが集まって野菜くずをぱくぱくと食べ始めた。

 いけすの水は外の水路につながり、そこから川へ、さらに湖へと流れ込む。人々の暮らしも、琵琶湖を取り巻く水の流れに無理なく溶け込んでいる。

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