11月20日17時33分配信 毎日新聞
◇「知を創造する場」って?
景気低迷中とはいえ、都心部の再開発とともにオフィスの移転や機能の集積が活発に行われている。新しい建物やデザイン性の高い内装になると、社員の気分が一新されるという。しかし、移転などの予定がなくても、働きやすい職場にするにはどこを変えたらいいのだろう。オフィスマネジメントに詳しい多摩大大学院教授の紺野登さんに聞いた。【浜田和子】
--そもそもオフィスとは?
これまで、オフィスとは事務などの作業をするための「箱」であって、「知を創造する場」とはあまり考えられてきませんでした。機能性の高い机や椅子に替わっても、それは経営者が労働者に施しているという側面が強かったように思います。事務作業をするだけのオフィスは20世紀のもので、21世紀のオフィスはアイデアや人のつながりを生み出し広げる場所です。そこで働く人たちが自律的に仕事をし、意見を交わし、融合したり共同することで、企業や製品の可能性が広がるのです。
--具体的にどこから改善したらよいのでしょう。
企業の体質にもよります。もともと家庭的な会社なら、超高層インテリジェントビルに移転するのはあまりいいとはいえません。上下階の移動がエレベーターになると考えが分断されたり、移動がおっくうになる。そうすると社内の風通しが悪くなります。連絡はネット中心で行われ、顔を合わせて話をしたり、たまたま出会う機会が減ります。
オフィスを見直すなら、総務担当だけでなく、人事担当や現場のマネジャーたちも一緒になって対話することが必要です。1回でもいい。自分たちの職場は居心地がいいか、どんな会社にしたいか、互いの職場はどうかかわっていけるか。そして次に参考として他社を見に行く。その次は社員を巻き込んだコンセンサスづくりです。本当に意識を変えるつもりなら、本気でちゃんとやらないと成功しません。わざわざ移転しなくても、日々の工夫で十分です。
--対話するということ?
働きやすい職場にするということは、家具の配置を換えたり買い替えたりするという意味ではありません。むしろ表層的な配置移動はやってはいけないことなのです。調度を整備する前に、どういう社内関係を作りたいか、どういう企業を目指すのかということをそこで働くみんなが共有することのほうが大切です。そこで、「社内外の人間と偶然出会える場」や「たまり場」がクローズアップされるのです。
また、美しい職場=働きやすい職場、とは限りません。海外の企業の例もあるのですが、移転するとしても新しい建物である必要はない。廃屋や倉庫をその会社に合うように改造すればコスト的にも安く上がります。
◇「フリーアドレス制」には反対
--オフィス内での出会いを増やすといっても、セキュリティーが厳しく立ち入ることのできない場所が増えたり、「フリーアドレス制」の導入で自席がなかったりと、難しくなってきています。
ぼくは効率追求のための「フリーアドレス制」に基本的には反対です。営業職場などは別ですが、創造的な活動をするには腰を落ち着けることも必要です。
これからの時代、本当に情報を管理をしないといけないのはネットです。出入りを厳しくして情報流出におびえるより、お客さまや社内の人間と対話・交流できるオープンな場所をつくる方がよほど役立ちます。情報管理・囲い込みのための本社機能という時代は終わっていますよ。
--先ほどおっしゃった「たまり場」をつくるには?
社内に他部署の人間と顔を合わせやすいスペースをつくる(郵便受け、カフェ、階段下や柱の脇、コピースペースなど)▽机の配置を「田」の字形から「蜂の巣」形にし、目的とする席に行きにくくする--などが考えられるでしょう。昔は喫煙室が「たまり場」の役割も担っていました。「喫煙」だけが目的ではなく、リラックスしたり、他部署の人と対話することでヒントやアイデアを得たりと、机の上だけでは生まれないメリットがありました。今は喫煙室が減る傾向ですが、交流の場の大切さはかなり認識されています。
--「もうかる」ことにつながりますか。
社員のやる気を出すためには、「楽しさ」や「働く喜び」が得られるオフィスが理想です。数字に追い回され、マイナス評価されないよう首を縮めているようでは会社は伸びません。大きな会社の場合、全部署をいっぺんに変えるのは難しいと思います。部署部署で試したり修正し、それを別の部署に広げる方が導入も修正も方向転換もしやすいものです。
働いている人がハッピーでないとお客様にハッピーは与えられない。呼応して高め合える「場」づくりが大切なのです。
--就職活動の学生やその企業への転職を考えている人は、どこに着目してよい企業かを判断したらいいのでしょう。
一つは、企業の組織図どおりの配置になっている会社は考え直した方がいい。社長室が一番上、ワークスペースは末端というようなところです。働いている人が喜んで集まれるようなスペースを設けている会社はいい。二点目は、社員が動き回っている会社。会話があるという点で、少しにぎやかな会社も活気があり伸びる要素を思っています。三点目は、質問しやすい会社。たとえば人事部などに質問した場合、社内のさまざまな部署の事情をよく把握し、ちゃんと答えてくれる会社はいい。質問してもたらい回しにされるような会社は風通しがよくないですね。
<紺野登(こんの・のぼる)さんプロフィール>
1954年生まれ、54歳。KIRO株式会社代表、多摩大学大学院経営情報学科教授兼知識リーダーシップ綜合研究所長、京都工芸繊維大学次世代オフィス研究センター特任教授。早稲田大学理工学部建築学科卒業、経営情報学博士。04~08年グッドデザイン賞審査員。著書に「儲かるオフィス」(日経BP社)など。