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◇ブラジル・ルラ大統領「五輪開催をきっかけに生まれ変わってほしい」
2016年の五輪開催都市がブラジルのリオデジャネイロに決まった。開催地選考の障害の一つとされたのが治安問題だったが、どうにかクリアした。リオ市では人口の4分の1近くが、犯罪多発地域とされる貧困地区「ファベーラ」で暮らす。政府や治安当局は7年後に向けて、貧困対策を充実させ、犯罪を減らしたい方針で、住民も「五輪開催は大歓迎」と期待している。【リオデジャネイロで庭田学】
ファベーラはポルトガル語で「スラム街」の意味。リオ市内に968カ所あり、住民は市の人口約614万人のうち20~25%にあたると推計されている。海岸に臨む多くの丘にそれぞれ寄り合う形で点在している。
ファベーラの実態を見るツアーで、バビロニア(人口約6000人)とシャペウマンゲイラ(同約4000人)の隣接地区を訪れた。高級ホテルやマンションが建ち並ぶコパカバーナ・ビーチを見下ろすバビロニア丘の中腹にある。
迷路のように入り組んだ細い道と階段で、車が入り込む余地はない。レンガ作りの2階建ての家もあれば、土壁の古い平屋建てもある。2日前から断水し、丘のふもとの水くみ場で体を洗う住民がいた。
ファベーラはリオの発展とともに拡大。仕事を求めて地方からやってきた人々が、土地を不法占拠して住み着いた。バビロニアでは1902年に最初の家が建てられた。安い賃金で建築現場に雇われ、今も建設労働者が多い。五輪を積極的に誘致したルラ大統領もファベーラ出身で元工員だ。
36年間バビロニアに住む建設作業員、フランシスコさん(49)は「ルラ大統領は私たちと同じように貧しかったんだ。その彼のおかげで南米大陸初のオリンピックが開ける。ここにも大勢観光客が来てくれればいい」と手放しで喜ぶ。
だが、バビロニアとシャペウマンゲイラ周辺では昨年、犯罪組織間の抗争による銃撃戦が発生。「危険」なイメージがつきまとう。犯罪組織はコカインなど麻薬売買とつながっている。
◇警官常駐の試み開始 犯罪組織一掃し治安向上へ
また、リオ州全体での殺人被害者は、ここ数年微減傾向ながら、08年は5717人で、日本の07年の被害者531人の10倍以上。州人口10万人当たりの殺人発生率は約36人で、ブラジル平均25・3人を大きく上回る。
リオ州の治安当局は昨年からファベーラの犯罪組織追放作戦を展開し、バビロニアとシャペウマンゲイラでも4カ月前から警察施設を建て警官を常駐させる試みを始めた。この治安対策には、日本の国際協力機構(JICA)の支援による「交番システム」普及プロジェクトが一役買い、日本式の地域密着型の防犯活動を実践している。
バビロニアの主婦、シレイアさん(59)は「警察が入ってきたことで治安は良くなっている。住民は皆オリンピックに期待している。仕事が増えれば生活はもっと良くなると思う」と話す。
ルラ大統領はファベーラを主とした低所得者に対する生活手当の充実や、最低賃金の引き上げなど貧困対策に努めてきた。貧困地区を改善し、安全な町づくりを進め、観光客を迎えることが五輪成功にもつながる。
ルラ大統領は「自分の辞書からファベーラの言葉が消えてほしい。五輪開催をきっかけに誰もファベーラの悲しみを話題にしないようになり、新しい街に生まれ変わってほしい」と決意を語っている。
◇ブラジル社会の負の側面知る旅、NGOなど主催
リオデジャネイロでファベーラ・ツアーが本格化したのは90年代前半から。現在は旅行業者や非政府組織(NGO)などが多くのツアーを主催している。
住民の暮らしに触れるだけでなく、文化行事の見学や、エコツアーと組み合わせたものもある。
ツアーは約3時間で1人50~80レアル(約2500~4000円)。料金の一部はファベーラ内の保育所や学校運営費に充てられるなど、地域に還元される。住民の生活向上にもつながるが、これまで観光客が目にしなかったブラジル社会の負の側面に触れてもらうことも狙いだ。
記者を案内してくれたのは、ファベーラに4年前から暮らすドイツ人女性、イザベル・エルトマンさん(34)。イザベルさんは「外の市民は、ファベーラの住民がみんな犯罪者だと思い込み、怖がって足を踏み入れない。そんな偏見をなくす狙いもある」と話している。